DJ西尾のひとりごと|日常はプチハッピーにあふれている♪

「トイレの神様」はいますね♪

こんにちは、DJ西尾です。

初めて「海の家店長」を担当したのは2003年の逗子海岸でした。

この夏は長年「海の家」を運営している方でも経験した事のない「冷夏・長雨・台風直撃」を一気に味わい約1千万の赤字事業でした(涙)

都内が雨だと逗子海岸が快晴でも来客数は少なく、せっかく雇ったスタッフもやる事がありません・・・。
スタッフのヒマは雇い主の罪!

そんな中、何気ない会話でトイレの話題を思い出します。
逗子海岸には公衆トイレが設置されていたので、それぞれの海の家にトイレは無く来店者にもご案内し私達も使っていました。

しかし隣接しているトイレは汲み取り式であまりキレイとは言えずスタッフは「出来るだけ使わずに我慢している」との事!

そこで料理長と相談し「公衆トイレの衛生面改善」をテーマにスタッフの体調面とヒマを無くす為に「トイレ清掃をやろう」になりました。

私と料理長は清掃手順の手本を示しながらスタッフと共に行い、一緒に作業したスタッフMくんを今後のトイレ清掃隊長に任命。
すると翌日からオープニング準備を終えると毎日率先して「やろうぜ♪」と他のスタッフに声をかけて笑顔で向かいます。

Mくんは声もアクションも大きく清掃中も笑い声が溢れます。

「トイレ清掃」を全スタッフが前向きに実施してくれる「やる事」になり、その流れから浜辺や店内清掃も積極的に行う事でヒマは無くなりスタッフの勤務を解消する事はありませんでした。

 

その結果なのか・・・。

・赤字事業だったのに翌年も店長を行い「黒字事業」に展開する事が出来ました。
・2年後の2005年春から海の家事業で出会った営業担当の信頼から「汐留イベント」を担当する事になり、私が所属する事業部が黒字部署になりました。
・翌年の2004年から逗子海岸の公衆トイレは水洗トイレに変わりました。
・翌年、私が店長をする海の家にメジャーデビュー前の「植村花菜さん」が弾き語りで出演。

 

その6年後の2010年、祖母との思い出から作った「トイレの神様」が大ヒット。

私は海の家で携わった植村花菜さんの楽曲「トイレの神様」に共感し、自分の周りに良い出来事が起こるのは「あの夏、公衆トイレを清掃したから!」と思いました。

 

また、それ以前に私が20才代の頃一人暮らしをしていたアパートにはたくさんの仲間が訪れていました。

ある日、可愛い後輩から「トイレをいつもキレイに」と忠告を受けて、それ以後2度引っ越しをしても心掛けていた事が「トイレの神様」とリンクしたのです。

おかげ様で様々な試練はありましたが今のところ乗り越えられています♪

「トイレの神様」はいますね♪

 

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